採用コラム
Column触法障害者をめぐる現状と社会復帰への課題
1. 触法障害者とはどのような存在か
「触法障害者」とは、知的障害や精神障害を持ちながら、何らかの罪を犯して法的処罰を受けた経験を持つ方々を指します。彼らは出所後、適切な福祉サービスに繋がることが非常に難しく、生活困窮の結果として再び窃盗や詐欺といった罪を繰り返す「累犯障害者」となる傾向が極めて高いのが現状です。
特に知的障害を持つ方々においては、身寄りがなく経済的に困窮しているケースが多く見られます。その結果、空腹に耐えかねた無銭飲食や、移動手段がないための無賃乗車といった「生きるための微罪」で罰せられる事案が多発しています。また、彼らは自らの意思や状況を言葉で説明するコミュニケーション能力が乏しいため、取り調べや法廷の場で自らの正当性や背景を訴えることができず、現在の裁判システムでは事件の真実が十分に解明されないという深刻な課題を抱えています。さらに、こうした問題はメディアで大きく扱われることが少ないため、世間一般にとっても彼らの存在や苦悩は非常に見えづらいものとなっています。
2. 社会復帰を阻む構造的な壁
触法障害者が社会復帰を目指す上で、最大級の障壁となっているのが「障害」と「犯罪歴」という二重のレッテルです。彼らの多くは、出所後に福祉サービスや更生施設での受け入れが得られず、知能指数(IQ)の低さや生活能力の欠如から、容易に再犯のサイクルに陥ってしまいます。
ここで大きな議論を呼んでいるのが、刑法第39条の存在です。この法律では「心神喪失者の行為は罰しない」「心神耗弱者の行為はその刑を減軽する」と定められています。これにより、社会の一部には「障害者は罪を犯しても免責される」という誤った、あるいは一方的な見方が浸透してしまいました。このことが、支援を行う福祉現場においても「再犯が起きた際の責任」への過度な恐怖心を生み出し、受け入れが進まない一因となっています。結果として、社会の中に居場所を見つけられない彼らは、皮肉にも衣食住が保証される「刑務所」を唯一の安全地帯として、そこに戻るためにあえて再犯を犯すことさえあります。刑務所が「福祉の最後の砦」と化している現状は、社会福祉が本来果たすべき役割を十分に果たせていない証拠と言えるでしょう。
3. データから見る触法障害者の実態と特徴
法務省の調査や統計からは、非障害者の犯罪者とは明らかに異なる触法障害者特有の背景が浮かび上がってきます。
まず、精神障害を持つ受刑者のうち、約2割以上が知的障害を有しているという事実があります。驚くべきことに、刑務所に入るまで自分が障害を持っていることを知らなかったというケースも少なくありません。障害認定を受けていないために、これまで地域の福祉支援を受ける機会を逸し、生活に行き詰まった末に犯行に及んでしまうという悲劇的なパターンが繰り返されています。
次に、生育環境の過酷さも無視できません。彼らの多くは幼少期から虐待やネグレクト、あるいは親族からの金銭的搾取を受けてきた経験を持っており、頼れる身寄りが全くいない状態にあります。身元引受人がいないために仮釈放が認められず、刑期の満了まで服役する「満期出所」が多いのも大きな特徴です。出所後の住まいも決まらず、役所での複雑な手続きも一人では困難なため、出所したその日から再び生活困窮に陥り、再入所までの期間が極めて短くなるという悪循環が生じています。
4. 司法と福祉の連携「出口支援」の動き
こうした絶望的な状況を打破するため、平成21年度からは「地域生活定着促進事業」が開始され、司法と福祉が手を取り合う体制づくりが始まりました。
その中心的な役割を担うのが「地域密着支援センター」です。この機関は、刑務所などの矯正施設にいる段階から、出所後の帰住先の調整や福祉サービスの利用調整を一貫して行います。令和3年度からは、裁判の結果が出る前の被疑者・被告人の段階から支援が可能となり、より早い段階で福祉のレールに乗せる取り組みが進んでいます。具体的には、以下の4つの業務を軸に支援が展開されています。
コーディネート業務
退所予定者の住む場所や環境を整える。
フォローアップ業務
出所者を受け入れた施設に対し、専門的な助言を行う。
被疑者等支援業務
釈放後すぐに福祉が受けられるよう継続的に援助する。
相談支援業務
本人や関係者からのあらゆる相談に応じる。
また、市町村の「相談支援事業所」では、障害福祉サービスの利用計画を作成し、日常生活の困りごとに対して家庭訪問などのきめ細かなマネジメントを行っています。さらに、「保護観察所」では保護観察官や保護司が指導と支援を行い、就職先の斡旋など自立に向けた環境整備を担っています。
5. 結論:加害者である前に「被害者」であった彼らと共に
触法障害者の多くは、社会から「加害者」として指弾されますが、その背景を紐解くと、過去に虐待や孤立を経験してきた「社会の被害者」であった側面が強く現れます。彼らが真の意味で自立し、再犯を防ぐためには、刑罰を与えること以上に、地域社会との信頼関係を再構築することが不可欠です。
福祉事業所においては、職員や他の利用者への影響を懸念し、受け入れに慎重になるのは理解できる側面もあります。しかし、彼らを社会から排除し続ければ、問題は解決せず刑務所との往復が続くだけです。これまでの支援の欠落を認め、事業所全体で一人ひとりの生い立ちや特性に向き合うことが、再犯防止への唯一の道となります。彼らが困ったときに安心して「寄りかかれる場所」を地域の中に作っていくことこそが、これからの共生社会に求められる真の福祉の姿なのです。